BOOWYの元ドラマー・高橋まこと

プロフィール

ドラム教則DVD

アマチュア時代に多くのバンドで腕を磨く。「RED WARRIORS」の木暮武彦が率いる「STRAIGHT」に所属していたこともあり、メジャーデビューを前にその名は既に知られていた。

長澤ヒロ率いる「HERO」というバンドに加入していたが、メジャーデビューアルバムの録音が終わった時点で脱退。その後、BOOWYのライブ(@新宿LOFT)にインパクトを受け、ドラム募集のオーディションに参加、そしてメンバーとなる。

1987年、BOOWYが解散発表。それとほぼ同時期に元「ALLERGY」のボーカル宙也を中心に結成されていた「De-LAX」に参加。解散後はソロアルバム「楽しき人生」を発表した後、De-LAXのギタリストだった榊原秀樹と共に「GEENA」を結成。現在では再び結成されたDe-LAXと共に「DAMNDOG」のドラマーとしても活動中。1954年1月6日生まれ。本名は高橋信。

2007年にマガジンハウスから刊行された著書「スネア」では、生い立ちから数々のバンド経験、人気絶頂期に解散した伝説のバンド「BOOWY」に関する数々のエピソードが赤裸々に語られている。氷室京介と布袋寅泰のの確執なども書かれており、布袋氏の「秘密」よりも、解散の真実に迫っている感があるという声多し。

また、DVD「スネア THE MOVIE 8beat of BOOWY(写真参照)」では、「IMAGE DOWN」や「B・BLUE」などの代表曲を題材として、高橋本人が8ビートのドラムテクニックを分かりやすく伝授している。

日本の音楽シーンを変えた伝説のバンド・BOOWY

メンバー

氷室京介(ヴォーカル)が、当時所属してたバンド「スピニッヂ・パワー」脱退し、新たなバンドを結成することを決意。同郷の布袋寅泰(ギター、コーラス)、松井恒松(ベース)らに参加を呼びかけて、1981年に結成されたのがBOOWYである。初ライブ後に高橋まこと(ドラム)を迎えて、翌年にデビュー。当初は深沢和明(サックス)、諸星アツシ(ギター)を加えた6人による編成だったが同年に2人が脱退した以降は4人編成となった。

8ビートを基調としたポップかつシャープなロックサウンド、当時の音楽シーンでは珍しかった逆立てたヘアースタイル、斬新な衣装など、新しい価値観を取り入れた彼らのスタイルは若者を中心に絶大な支持を集め、1986年に発表した5thアルバム「BEAT EMOTION」と翌年の6thアルバム「PSYCHOPATH」はミリオンセラーを記録した。シングルでも1987年に「MARIONETTE」が初登場1位を記録し、名実共にトップバンドとなった。

人気の絶頂にあった1987年12月24日、突然のバンド解散を発表。翌年の「LAST GIGS(東京ドーム)」でバンド活動に終止符を打つ。チケットは僅か10分で完売、文京区の電話回線がパンクするという事態も起こるなどニュースでも大きく伝えられた。このライブを収めた「LAST GIGS」はライブアルバムとしては異例の150万枚のセールスを記録した。

その音楽性やビジュアルは後に起こるバンドブームのさきがけとなり、音楽雑誌では「BOOWY以前」「BOOWY以後」と表現が使われ、フォロワーと呼ばれるバンドやミュージシャンも数多く登場するなど、日本のロックシーンに変革をもたらした彼らの響は今日も絶大である。

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